静岡地方裁判所 平成3年(行ウ)7号 判決 1993年11月05日
原告 猪狩守
被告 熱海税務署長
代理人 矢吹雄太郎 時田敏彦 田村利郎 奥谷悟
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告の昭和六三年分所得税について平成二年五月二日付けでした更正及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告の昭和六三年分所得税につき、原告が被告に対してした確定申告、被告がした更正及び過少申告加算税賦課決定(以下、右確定申告を「本件申告」と、右更正を「本件更正」と、右過少申告加算税賦課決定を「本件賦課決定」といい、本件更正及び本件賦課決定を併せて「本件各処分」という。)並びに本件各処分に対して原告がした不服申立て及びこれに対する応答の経緯は別表記載のとおりである。
2 本件更正は原告の昭和六三年分の所得を過大に認定してなされたものであるから違法であり、本件更正を前提とする本件賦課決定も違法である。
よって原告は、本件各処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実を認める。
2 同2の主張は争う。
三 抗弁
1 長期譲渡所得金額及び納付すべき税額
原告の昭和六三年分所得税に係る所得は、分離課税の長期譲渡所得のみであり、長期譲渡所得金額及び納付すべき税額の算出の根拠は次のとおりである。
(一) 長期譲渡所得金額
(1) 譲渡収入金額 一億八七四一万六六六六円
原告並びにその妻である猪狩礼子(以下「礼子」という。)及び原告と礼子との間の二男である猪狩浩二(以下「浩二」という。)は、昭和六三年二月二六日付けで、原告と礼子との共有に係る別紙物件目録一記載の土地(共有持分各二分の一。以下この土地を「本件一土地」という。)、礼子の所有する同目録二記載の土地(以下「本件二土地」という。)、浩二の所有する同目録三記載の土地(以下「本件三土地」という。)並びに原告、礼子及び浩二の共有に係る同目録四記載の建物(共有持分は原告が六分の一、礼子が二分の一、浩二が三分の一。以下この建物を「本件四建物」といい、本件一土地、本件二土地、本件三土地及び本件四建物を総称して「本件資産」という。)を、若宮満佐子及び若宮孝一に対し、代金総額一一億二四五〇万円で売り渡した(以下「本件売買契約」という。)。
本件一土地、本件二土地及び本件三土地は、本件売買契約のころまで原告が居住の用に供していた本件四建物の敷地であり、また、本件一土地はもと原告と礼子との間の長男である猪狩浩(以下「浩」という。)が所有し、本件四建物はもと礼子、浩及び浩二が持分三分の一の割合で共有していたものであったが、浩が昭和六二年一〇月一三日に死亡したため、その相続人である原告及び礼子が各二分の一の相続分の割合により本件一土地及び本件四建物の浩の共有持分権を相続取得したものであり(以下、原告が右相続取得の結果有するに至り、本件売買契約によって譲渡した本件一土地の二分の一の共有持分権と本件四建物の六分の一の共有持分権とを併せて「原告各資産」という。)、原告の原告各資産についての租税特別措置法(以下「措置法」という。)三一条三項所定の所有期間は一〇年を超えるものであった。
本件一土地、本件二土地及び本件三土地の各価額はいずれも同額と見ることができるから、本件売買契約による原告の譲渡収入金額は、本件資産の代金総額一一億二四五〇万円の六分の一に当たる一億八七四一万六六六六円である。
(2) 取得費の額 一五二三万一四七六円
本件申告による本件四建物の共有持分六分の一に係る取得費の額六一六万九〇九八円と、本件資産の代金総額一一億二四五〇万円の六分の一に当たる一億八七四一万六六六六円から本件申告による本件四建物の共有持分六分の一に係る譲渡代金額六一六万九〇九八円を控除した一億八一二四万七五六八円に、措置法三一条の五(平成三年法律第一六号による改正前のもの)に準じて一〇〇分の五を乗じて得た本件一土地の共有持分二分の一の取得費の額九〇六万二三七八円との合計額である。
(3) 譲渡費用の額 五六八万九一六六円
本件申告による原告各資産に係る仲介手数料及び印紙代の合計額である。
(4) 特別控除額 三〇〇〇万円
措置法三五条一項(平成五年法律第一〇号による改正前のもの)による特別控除額である。
(5) 長期譲渡所得金額 一億三六四九万六〇二四円
右(1)の譲渡収入金額から右(2)ないし(4)の各金額を差し引いた金額である。
(二) 納付すべき税額
(1) 所得控除額 三四万〇七〇〇円
基礎控除額三三万円と本件申告による社会保険料控除の額一万〇七〇〇円との合計額である。
(2) 課税長期譲渡所得金額 一億三六一五万五〇〇〇円
右(一)の(5)の長期譲渡所得金額から右(1)の所得控除額を差し引いた金額(国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数切捨て)である。
(3) 納付すべき税額 一八四二万三二〇〇円
措置法三一条の四(平成三年法律第一六号による改正前のもの)、三一条(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの)に従って、四〇〇万円と、右(2)の課税長期譲渡所得金額一億三六一五万五〇〇〇円から四〇〇〇万円を控除した残額九六一五万五〇〇〇円に一〇〇分の一五を乗じて得た一四四二万三二五〇円とを合計した額(国税通則法一一九条一項により一〇〇円未満の端数切捨て)である。
2 本件各処分の適法性
(一) 本件更正について
右1のとおり、原告の昭和六三年分所得税に係る長期譲渡所得金額は一億三六四九万六〇二四円、納付すべき税額は一八四二万三二〇〇円であるところ、本件更正による長期譲渡所得金額及び納付すべき税額はいずれもこれと同額であるから、本件更正は適法である。
(二) 本件賦課決定について
本件更正により原告が新たに納付すべき税額は一八四二万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て)であるから、同法六五条一項及び二項に従い、右税額に一〇〇分の一〇の割合を乗じて得た一八四万二〇〇〇円と、右一八四二万の税額のうちの五〇万円を超える部分に相当する一七九二万円に一〇〇分の五の割合を乗じて得た八九万六〇〇〇円との合計額である二七三万八〇〇〇円の過少申告加算税を賦課した本件賦課決定は適法である。
四 抗弁に対する認否
1(一)(1) 抗弁1の(一)の(1)ないし(4)の各事実は認める。
(2) 同(5)は争う。
(二)(1) 同(二)の(1)の事実は認める。
(2) 同(2)及び(3)は争う。
2 同2は争う。
五 原告の主張
1 原告、礼子及び浩二が本件売買契約によって本件資産を譲渡するに至った経緯は次のとおりである。
(一) 浩は、昭和六二年九月三〇日、千代田ファクター株式会社(以下「千代田ファクター」という。)から三億七〇〇〇万円を借り入れたが、その際、原告及び礼子は、それぞれ右消費貸借契約に基づく浩の千代田ファクターに対する債務(以下「本件借入金債務」という。)につき連帯保証する旨を千代田ファクターに約し(以下、右各連帯保証契約に基づき原告の負担する連帯保証債務を「原告の保証債務」と、礼子の負担する連帯保証債務を「礼子の保証債務」という。)、また、浩は本件一土地につき、礼子は本件二土地につき、さらに右二名及び浩二は本件四建物の各三分の一の共有持分権につき、それぞれ本件借入金債務を担保するため千代田ファクターに対し抵当権を設定した。
(二) その後、昭和六二年一〇月一三日に浩が死亡したことにより、原告及び礼子は、それぞれ二分の一の割合の相続分により浩の権利義務を相続した。
(三) 原告は、昭和六二年一二月一四日、原告の保証債務及び礼子の保証債務を履行するため、株式会社住宅流通センター(以下「住宅流通センター」という。)から、五億五〇〇〇万円を借り入れたが、その際、礼子及び浩二は、右消費賃借契約に基づく原告の住宅流通センターに対する債務につき連帯保証する旨を住宅流通センターに約し、また、原告は原告各資産につき、礼子は本件二土地並びに本件一土地及び本件四建物の各二分の一の共有持分権につき、浩二は本件三土地及び本件四建物の三分の一の共有持分権につき、それぞれ右消費賃借契約に基づく原告の住宅流通センターに対する債務を担保するため住宅流通センターに対し抵当権を設定した。
(四) 原告は、昭和六二年一二月一五日、千代田ファクターに対し、右(三)の借入金の内から、原告の保証債務の履行として、本件借入金債務の残債務額に相当する三億六四七五万九一七九円を弁済した。
(五) その後、原告、礼子及び浩二は、昭和六三年二月二六日付けの本件売買契約を締結し、原告は、昭和六三年五月二七日、本件売買契約の売買代金の内から住宅流通センターに対する右(三)の借入金債務を弁済した。
2 右1のとおり、原告は、住宅流通センターからの借入金の内から千代田ファクターに対する原告の保証債務三億六四七五万九一七九円の弁済をし、その約三か月後に住宅流通センターに対する右借入金を弁済するため、若宮満佐子及び若宮孝一に対し原告各資産を譲渡したのであるから、結局、原告の保証債務を履行するために、原告各資産を譲渡したものであって、右譲渡が所得税法六四条二項所定の保証債務を履行するための資産の譲渡に該当することは明らかである。
そして、原告の保証債務を履行したことにより、民法上、原告は、主たる債務者である浩に対しその履行に係る全額の求償権を取得するほか、共同連帯保証人でその負担部分を二分の一とする礼子に対し履行に係る額の二分の一の求償権を取得することになるが、この共同保証人間の求償権は、たまたま連帯保証人が二名あったために生じたものにすぎず、所得税法六四条二項の適用における求償権とは問題を異にし、同項の適用上は、原告が原告の保証債務を履行したことにより、原告と礼子とが、主たる債務者である浩に対して、それぞれ原告の履行に係る額の二分の一に当たる一億八二三七万九五八九円の求償権を取得したことになると解すべきところ、主たる債務者である浩は既に死亡し、その相続財産は少なくとも三億円近くの債務超過状態であったから、原告と礼子とは、それぞれ右の保証債務の履行に伴う求償権の全部を行使することができないこととなったのであり、したがって、同項及び同条一項により、結局、原告の長期譲渡所得金額の計算上、抗弁1の(一)の(1)の譲渡収入金額に対応する所得金額の全額がなかったものとみなされることになる。
3 なお、被告は、原告が浩を相続したことにより主たる債務者としての地位と連帯保証人としての地位が同一人に帰属するため、原告の連帯保証人としての地位はその存在意義を失って消滅するものであるから、原告は、主たる債務者として千代田ファクターに対する弁済をしたものであり、したがって、所得税法六四条二項の適用の余地がないと主張する。
しかしながら、そもそも、保証人が主たる債務者を相続して、保証人としての地位と主たる債務者としての地位が同一人に帰属したからといって、保証人としての地位が消滅するとする実定法上の根拠はないし、また、債権者にとっても、その与り得ない偶然の事由により保証債権が消滅して、その選択の余地が狭められることを余儀なくされる理由はないから、被告の右主張は当を得ないものである。
また、所得税法六四条二項の立法趣旨は、自己の利益にならない資産譲渡に係る所得に対し、利益を得ることを目的とする資産譲渡との場合と同じく課税することが不公平であることから、前者の場合にはその所得に対する課税を行わないとしたことにあるところ、本件のように、保証人がたまたま主たる債務者の地位を相続した場合においても、立法趣旨とするところの本来の保証人としての利益状況は同じであるから、同項を適用すべき場合であることは明らかである。
六 原告の主張に対する被告の認否及び反論
1(一) 原告の主張1の(一)及び(二)の各事実は認める。
(二) 同(三)のうち、住宅流通センターから五億五〇〇〇万円を借り入れたのが、原告の保証債務及び礼子の保証債務を弁済するためであることは否認し、その余の事実は認める。
(三) 同(四)のうち、昭和六二年一二月一五日に千代田ファクターに対して、住宅流通センターからの借入金の内から本件借入金債務の残債務額に相当する三億六四七五万九一七九円の弁済がされた事実は認めるが、右の弁済が原告単独でされたこと及び原告の保証債務の履行としてなされたことは否認する。
原告各資産に係る譲渡収入金額からその譲渡費用の額を差し引いた金額で、住宅流通センターからの借入金を介した本件借入金債務の残債務額全額を弁済することができないことは明らかであるから、右の弁済は礼子とともにされたものというべきであるし、また、後記のとおり、原告及び礼子がそれぞれ浩から二分の一宛て相続した主たる債務である本件借入金債務の弁済として行ったものである。
(四) 同(五)の事実は認める。
2 同2及び3の原告の主張は争う。
3 原告は、原告の保証債務の履行として千代田ファクターに対し本件借入金債務の残債務額に相当する三億六四七五万九一七九円を原告が弁済したと主張するが、そもそも原告単独によって、右の弁済をしたと認められないことは右1の(三)のとおりである。
のみならず、浩の死亡に伴う相続の結果、原告と礼子とは、主たる債務である本件借入金債務をその二分の一宛て相続したのであるから、原告と礼子との連帯保証人としての地位のうち、それぞれ主たる債務者としての地位と重複する本件借入金債務の二分の一に係る部分は、その存在意義を失って消滅し、原告と礼子とは、いずれも本件借入金債務の二分の一について主たる債務者としての地位を、残余の二分の一について連帯保証人としての地位を有するに至ったことになる。
したがって、原告と礼子とによってされた千代田ファクターに対する本件借入金債務の残債務額全額の弁済は、両者が、それぞれその主たる債務者としての地位に基づいて、本件借入金債務の二分の一ずつについてなしたものと解され、原告がその弁済のため原告各資産を譲渡したとしても、右譲渡について所得税法六四条二項を適用する余地は全くないというべきである。
4 なお、仮に、原告の主張のとおり、原告が千代田ファクターに対する本件借入金債務の残債務額全額の弁済をしたものとしても、その二分の一については主たる債務者としての弁済であり、残余の二分の一についても、原告各資産に係る譲渡収入金額からその譲渡費用の額を差し引いた金額で本件借入金債務の残債務額全額を弁済し得ないことからすれば、実質的には礼子が既に負担しているものと認められ、その弁済により原告が礼子に対して求償権を取得すると認めることは到底できないし、求償権を取得したものとしても、礼子に対する求償権の行使ができないという事実は全く存せず、いずれにせよ、原告各資産の譲渡について所得税法六四条二項を適用する余地は全くない。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因1の事実並びに抗弁1の(一)の(1)ないし(4)及び同(二)の(1)の各事実は当事者間に争いがない。
二 原告は、抗弁1の(一)の(1)の原告各資産の譲渡は、原告の保証債務を履行するためにしたものであり、かつ、その履行に伴う求償権の全部(ただし、原告の主張によれば、原告の保証債務履行額の半額)を行使することができないこととなったものであるとして、所得税法六四条二項及び同条一項により、原告の長期譲渡所得金額の計算上、原告各資産の譲渡に係る譲渡収入金額に対応する所得金額の全額がなかったものとみなされる旨主張するので、以下、この主張について検討する。
1 原告の主張1の(一)及び(二)の各事実、同(三)のうち、住宅流通センターから五億五〇〇〇万円を借り入れたのが原告の保証債務及び礼子の保証債務を弁済するためであるとする部分を除くその余の事実、同(四)のうち、昭和六二年一二月一五日に千代田ファクターに対して、住宅流通センターからの借入金の内から本件借入金債務の残債務額に相当する三億六四七五万九一七九円の弁済がされた事実並びに同(五)の事実は当事者間に争いがない。
2 右1の争いのない事実によれば、原告と礼子とは、それぞれ二分の一の割合の相続分により本件借入金債務を含む浩の権利義務を相続したのであるから、本件借入金債務の各二分の一宛てについて主たる債務者としての地位を有するに至ったことは明らかであり、したがって、右各主たる債務者としての地位と原告及び礼子がそれぞれ右相続前から有していた原告の保証債務及び礼子の保証債務に係る連帯保証人としての地位とが同一人に帰属することになるが、だからといって、原告と礼子との連帯保証人としての地位のうち、それぞれ主たる債務者としての地位と重複することとなった本件借入金債務の二分の一に係る部分が当然に消滅すると解すべき明確な実定法上の根拠はないから、原告及び礼子は、それぞれ、従前のとおり本件借入金債務の全額に相当する額の連帯保証債務を負うとともに、右連帯保証債務と重複して本件借入金債務の二分の一に当たる部分につき主たる債務を負うこととなるに至ったものと解するのが相当である。この点に関する被告の主張は採用し得ない。
3 原告は、右1の争いのない事実及び右2の法律関係を前提として、原告が、住宅流通センターからの借入金の内から千代田ファクターに対する原告の保証債務三億六四七五万九一七九円の弁済をし、右住宅流通センターに対する借入金を弁済するため原告各資産を譲渡したのであるから、右譲渡は、所得税法六四条二項所定の保証債務を履行するための資産の譲渡に該当し、かつ、原告は、右の保証債務の履行に伴う求償権の全部(ただし、原告の主張によれば、右弁済額の半額に相当する一億八二三七万九五八九円)の行使をすることができないこととなったとして、右譲渡につき所得税法六四条二項の適用があると主張する。
しかしながら、仮に、原告の主張のとおり、原告が住宅流通センターからの借入金の内から千代田ファクターに対する原告の保証債務三億六四七五万九一七九円の弁済をし、右住宅流通センターに対する借入金を弁済するため原告各資産を譲渡したとの事実が存在するものとしても、以下のとおり、右譲渡につき所得税法六四条二項の適用があると解することはできない。
(一) 所得税法六四条二項の趣旨は、保証人が、たとえ将来保証債務の履行をすることになったとしても、求償権を行使することによって最終的な経済的負担は免れ得るとの予期のもとに保証契約を締結したにもかかわらず、一方では、保証債務の履行を余儀なくされたために資産を譲渡し、他方では、求償権行使の相手方の無資力その他の理由により、予期に反してこれを行使することができないというような事態に立ち至った場合に、その資産の譲渡に係る所得に対する課税を求償権が行使できなくなった限度で差し控えようとするものであると解される。
そうだとすれば、同項が適用されるためには、保証債務の履行に伴う経済的負担を回復するために法律上付与された権利のいずれもが実効性を有さない場合であることを必要とし、したがって、保証債務の履行により、主たる債務者に対する求償権のほか、共同保証人に対する求償権が成立する場合においては、主たる債務者に対する求償権はもとより、共同保証人に対する求償権もこれを行使することできないことを要するものと解すべきである。また、弁済のほか、相殺、混同など弁済と同視すべき事由によって求償権が消滅したときには、求償権を行使することができない場合に当たらないから、同項の適用がないことも明らかである。
(二) しかして、本件において、原告が、連帯保証人としての地位に基づいて、千代田ファクターに対する原告の保証債務全額を弁済したとすれば、原告は主たる債務者に対して右弁済額全部につき求償権を取得することになる(原告の主張するようにその半額となるのではない。)。
原告の保証債務に係る主たる債務に当たるものは本件借入金債務であるところ、本件借入金債務は、その債務者である浩の死亡に伴い、相続により原告及び礼子に各二分の一の割合で承継されたのであるから、原告の主たる債務者に対する求償権のうち二分の一は自己を債務者とする債権として成立することとなり、混同によって直ちに消滅するものである。したがって、右部分については、求償権を行使することができない場合には当たらないから、所得税法六四条二項の適用がないことは明らかである。
また、原告の主たる債務者に対する求償権のうち残余の二分の一は礼子に対する債権として成立するところ、本件において礼子に対する求償権を行使できないとする主張立証は全く存在しない。
なお、原告は、主たる債務者である浩の相続財産が少なくとも三億円近くの債務超過状態であったから、原告は保証債務の履行に伴う求償権の全部を行使することができないこととなったと主張するが、浩の死亡により原告及び礼子が浩を相続した以上、本件借入金債務は浩の死亡時に原告及び礼子に承継されて同人らの債務となるのであり(民法八九六条)、したがって主たる債務者に対する求償権も同人らに対する債権として成立するのであって、浩の相続財産に対する債権として成立するものではないから、浩の相続財産がどれほどの債務超過であろうとも、そのこと自体によって原告が保証債務の履行に伴う求償権を行使することができなくなったとする右主張が失当であることは極めて明白である。
(三) さらに、本件において、原告が、連帯保証人としての地位に基づいて、千代田ファクターに対する原告の保証債務全額を弁済したとすれば、原告は、共同連帯保証人である礼子に対し右弁済額のうち礼子の負担部分に応じた割合につき求償権を取得することになるが(弁論の全趣旨によれば、礼子の負担部分は二分の一であることが認められる。)、本件において礼子に対する求償権を行使できないとする主張立証が全く存在しないことは右(二)のとおりである。
なお、原告は、民法上、原告が共同連帯保証人である礼子に対し求償権を取得するとしたうえで、共同保証人間の求償権は、たまたま連帯保証人が二名あったために生じたものにすぎず、所得税法六四条二項の適用における求償権と問題を異にし、同項の適用上は、原告が原告の保証債務を履行したことにより、原告と礼子とが、主たる債務者である浩に対して、それぞれ原告の履行に係る額の二分の一の求償権を取得したことになると主張するところ、右主張の後段部分はその趣旨及び根拠ともに不分明であるといわざるを得ないが、仮に、所得税法六四条二項が適用されるためには、共同保証人に対する求償権を行使することができないことを必要としないとする趣旨であるものとすれば、その失当であることは右(一)のとおりである。
4 以上によれば、所得税法六四条二項及び同条一項により、原告の長期譲渡所得金額の計算上、原告各資産の譲渡に係る譲渡収入金額に対応する所得金額の全額がなかったものとみなされる旨の原告の主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
三 そこで、本件各処分の適否につき検討するに、右一の争いのない事実によれば、原告の昭和六三年分所得税に係る長期譲渡所得金額は抗弁1の(一)の(5)のとおり一億三六四九万六〇二四円であること、その課税長期譲渡所得金額は同(二)の(2)のとおり一億三六一五万五〇〇〇円であって、納付すべき税額は同(3)のとおり一八四二万三二〇〇円となることがそれぞれ認められるから、長期譲渡所得金額及び納付すべき税額をこれと同じくする本件更正は適法である。また、本件更正により原告が新たに納付すべき税額は一八四二万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て)であるから、同法六五条一項及び二項に従い、右税額に一〇〇分の一〇の割合を乗じて得た一八四万二〇〇〇円と、右一八四二万円の税額のうちの五〇万円を超える部分に相当する一七九二万円に一〇〇分の五の割合を乗じて得た八九万六〇〇〇円との合計額である二七三万八〇〇〇円の過少申告加算税を賦課した本件賦課決定も適法である。
四 よって、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 荒川昂 石原直樹 森崎英二)
別表<略>
別紙<略>